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東京地方裁判所 平成4年(モ)10528号 決定 1992年8月28日

主文

一  債権者と債務者間の東京地方裁判所平成四年(ヨ)第一四九号債権仮差押申立事件について、同裁判所が同年一月一七日にした仮差押決定を取り消す。

二  債権者の本件仮差押申立てを却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一  申立て

一  債権者

主文第一項記載の仮差押決定(原決定)を認可する。

二  債務者

主文と同旨

第二  事案の概要等

一  債務者は、「米・おこわ」を主力商品として製造・販売することを業とする会社であり、長年にわたり「戊田おこわ」の商品名で都内の百貨店等でおこわ、その他の惣菜等を製造販売している。

債権者は、債務者の製造販売するおこわ及びおこわ弁当の材料(餅米、あずき、弁当折り、割り箸等)の仕入れ、販売及び配送業務を業とする会社である。

二  債権者は、債務者に対し、継続的に前記商品を販売しており、債権者の販売先は債務者のみである。

三  債権者は、債務者に対し、原決定請求債権目録記載のとおり、おこわ材料食品等(本件商品)の代金債権(合計九二八一万三三四四円)を有するとして、同仮差押債権目録一ないし五記載の債権に対する仮差押申立てをし、その旨の決定を得て、仮差押えの執行をした。

四  本件の主要な争点は、次のとおりである。

第一に被保全権利として、債権者の債務者に対する右代金債権の存否、とりわけ、<1>債権者と債務者との契約関係は仕入れ及び配送業務の業務委託契約か、それとも継続的商品の販売及び納入契約か、<2>債権者と債務者間で、債権者の仕入れ・配送業務につきマージン率を仕入値に六パーセントを乗じた額とする旨の約定があつたか、<3>本件代金債権の合計額はいくらとなるか、<4>債権者は、マージン率を偽つて高額の売掛金請求をして不当差益を騙取したか、<5>その場合の債権者の不当利得金合計額はいくらか、<6>債権者は、債務者に対し、平成三年一〇月二五日に<5>の不当利得金のうち、一年分金六〇〇〇万円を同日限り金一〇〇〇万円、同年一一月二五日限り金一〇〇〇万円、同年一二月二五日限り金四〇〇〇万円に分割して返還することを約したか、<7>債務者の債権者に対する不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の意思表示により、債権者の本件商品の代金債権は消滅するか、である。

第二に保全の必要性として、<1>債務者の財務内容、<2>債務者所有不動産の有無とその担保価値の有無、<3>本件債権仮差押え自体の相当性、である。

第三  争点第二(保全の必要性)に対する判断

一  債務者の財務内容について

1  債務者は、年商二〇億円以上の会社であり、「戊田おこわ」のブランドで有名デパートの各支店に二七店舗を構えている。債務者のおこわをはじめとする惣菜等の製造販売(おこわの事業部門)は消費者の高い需要により順調に推移している。

2  債務者は、右おこわの事業部門のほか後記のとおりサイパン島における不動産賃貸事業を開始した(サイパン島における不動産賃貸部門)。

3  債務者の決算報告書(特に、貸借対照表及び損益計算書)によれば、債務者は、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(一三期)は売上高一七億四三八四万円(千円以下は適宜省略する-以下同じ)、経常利益六七七〇万円余り、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度(一四期)は売上高一八億七八二八万円、経常利益九五一八万円、平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの事業年度(一五期)は売上高二三億一三二八万円、経常利益一億〇四一四万円、税引前当期利益三四七八万円、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度(一六期)は売上高二五億九九八九万円、経常利益一億六〇六〇万円、税引前当期利益五六一六万円である。各期とも連続して利益を計上しており、しかも、特に、一六期は、おこわの事業部門だけでなくサイパン島における不動産賃貸事業の収入・必要経費を合算したものであるが(なお、一六期は、サイパンにおける全家賃収入の約五二パーセントを占める甲田[2]が満室稼働して三か月しか経ていない時点のものであり、これが一年間稼働した場合には更に増益が見込まれる。)、それでも税引前当期利益は一五期と比較して六一パーセント増加している。

4  債務者の短期支払能力についてみるに、債務者の当座比率(当座資産を流動負債で除した比率)は、平成元年三月三一日終了事業年度二・五九、平成二年三月三一日終了事業年度四・〇七、平成三年三月三一日終了事業年度二・二七である。一般に当座比率が一・五〇以上であれば短期支払能力が健全とされており、中小企業の製造業総平均値が一・二一七であるところ、債務者はこれを上回つていることからすると、債務者の短期支払能力は健全であると評価できる。次に、債務者の売上高経常利益率(経常利益を売上高で除した比率)は、平成元年三月三一日終了事業年度三・八パーセント、平成二年三月三一日終了事業年度五・〇パーセント、平成三年三月三一日終了事業年度四・五パーセントである。中小企業庁発表の黒字健全企業の平均値が四・七パーセントであるところ、これと比較すると、債務者の収益性は平均的な黒字企業のものと同等のものと評価でき、しかも、これが数事業年度にわたつていることからすると、安定的かつ継続的なものといえる。

しかも、債務者の場合、流動資産のうち約六割が現金預金、約四割が大手百貨店に対する売掛金である。そして、一六期についてみると、「おこわ」の売上により毎月二億八〇〇〇万円前後の定期的な資金の流入がある。売掛金の大半が大手百貨店に対するものであり、債務者が納品請求後一か月後に現金化できるもので貸倒れは過去に発生したことはなく今後もそのおそれはほとんどない。したがつて、その健全性、安全性は極めて強い。

5  債務者のサイパン島における事業は、土地をリースして建物を建築し、それを賃貸するという不動産賃貸事業である。賃貸建物は甲田[1]、甲田[2](以上「商業ビル」)、ヒルトップ乙野(コンドミニアム)、アパートの合計四棟であるが、平成四年一月一日現在右賃貸用建物はすべて完成し、すべて契約済み(満室)であり、同年一月分より家賃収入が発生している(乙五四ないし九五、九九)。右事業の経営・収支状況は、甲田[2]及びヒルトップ乙野が賃貸されていない平成三年の段階でも実質的に黒字と評価でき、今後の右事業による予想年間収入(賃料)額は約一億四九〇〇万円で約三三〇八万円の流動資金の蓄積が見込まれる。そうすると、現時点では、サイパン島における不動産賃貸事業に経済的合理性が認められる。

サイパン島における不動産賃貸事業部門の展開が原因となり、債務者のおこわの事業部門の収支状況が悪化していることを認めるに足りる証拠はない。

6  債権者は、債務者の一六期末の貸借対照表において、過年度分の課税漏れに伴い支出した一億二〇〇〇万円余りは企業会計上貸借対照表の資産に計上すべきでないのに仮払税金として同表「資産」の部に計上したのは会計原則に反しており、右誤つた会計処理を是正すると、債務者は逆に九二〇〇万円の赤字となると主張する。しかしながら、税務会計上の別表処理として、仮払税金をいつたん貸借対照表上の資産として計上するものの、厳密には資産でないので、これを税務貸借対照表と呼ばれる法人税申告書の別表である「利益積立金額の計算に関する明細書」において利益積立金から右仮払税金を減額修正して決算を行うことが会計上認められており、本件において債務者はこれに従つて処理していること、しかも、右処理については後記税務調査後に所轄税務署の指導を受けていることからすると、債権者の右主張は採用できない。

また、《証拠略》には、債務者の資金状況について、一六期に至り債務者の資金繰りは極めて逼迫したものであり、仕入債務の支払いを停止せざるを得ない状況であつたとの記載がある。しかしながら、右各書証は一般論に基づく分析に立脚している上に、一年間の収支のみに限定しており年度を越えた継続企業としての資本力が無視されているなど乙九九で指摘している問題点があること、しかも、債務者は、資金繰りの苦しい企業が行う支払手形(手形割引)を一切行つていないこと、年間二五億円以上(月二億円以上)の定期的な資金の流入があること、その他前記3ないし5の事情からすると、《証拠略》はにわかに採用できない。

その他、債務者の財務諸表の正確性に疑問をはさむ証拠はない。

7  以上のとおり、債務者はおこわの事業部門とサイパン島における不動産賃貸事業部門の両部門において、利益を獲得し収益性があるものと認められるから、債務者の財務内容は良好なものというべきである。

二  保全の必要性について

1  本件請求債権額は九〇〇〇万円余りであり、債務者は継続的に右請求債権額を上回る経常利益があること、その他右一で検討したことからすると、債務者が第三債務者に対する本件仮差押債権を他に譲渡したり取引名を第三者名義とするおそれは考えられないし、本件仮差押えをしなければ将来の判決の執行が不能又は著しく困難になるものとはいえない。よつて、保全の必要性は認められない。

2  ところで、債務者は、債権者から、平成三年四月、金二〇〇〇万円を借り入れている。しかも、債務者が債権者に支払うべき商品代金につき、平成三年七月から一一月までの間、丙山食肉株式会社が二億二八〇〇万円を債務者に代わつて支払つている。以上は、右当時の債務者の資金状況に疑問を生じさせる事情となり得る。前者につき、債権者の方から積極的に無利子で貸すことを申し出たとの債務者の主張はにわかに信用し難い。しかし、右金員は既に返済されていること、後者についても、債務者は、丙山食肉に対し、売掛金債権を有していたところ、丙山食肉から債権者と債務者との業務委託契約の間に入つて取引させてほしい旨の強力な申し出があり、債務者は、紹介者の手前もあり、かつ、売掛金の確実な回収にも資することになると判断して丙山食肉を介在させて代払いをさせたという債務者と丙山食肉との取引上の事情によるものであることが認められること、サイパン島における不動産投資の資金繰りに窮したためであるとの債権者の主張を裏付ける疎明はないことからすると、右貸付金及び丙山食肉の件は、本件保全の必要性を疎明する事情として不十分である。

3  債務者は、平成二年九月ころ、法人税法違反被疑事件で強制調査を受けたが、現在調査中であり、今後の推移は明らかでなく、現段階においては、それ自体が債務者の営業にいかなる影響があるかは明確にはとらえ難い。債権者は、調査が進展すると第三債務者との取引が停止となり、債務者の営業の存続自体現実に極めて危険な状況にあることは明らかであるなどと主張するが、推測の域を超えない。

4  また、債務者は、借入金や買掛金残高が期毎に増加しており、しかも、債務者は、不動産のほか、預金、ゴルフ会員権、本件仮差押え債権などの資産を有しているが、債務者所有の不動産については、いずれも高額の根抵当権の負担がある。債務者は、右不動産は、共同担保の関係にあるから余剰は十分見込まれると主張する。確かに、右不動産は丁原花子と丁原春夫(債務者代表者)所有の不動産と共同担保の関係にある。しかし、たとえ共同担保の関係にあるからといつて、債務者所有の前記不動産のみが競売に付されることもあり、その場合には、前記根抵当権額からすると一般債権については余剰はないことは明らかである。株式についても、貸出銀行に対し、前記不動産以外に株式を担保に提供しており、債務者の所有不動産のほかに債務者代表者個人及び丁原花子の土地建物を共同担保に供したり株式を担保に供することは、債務者の資産のみでは不十分であつたためとみ得る余地もある。

しかしながら、前記のとおりの債務者の財務内容からすると、債務者の借入金や買掛金残高の増加、担保金額の多さ自体を過大に問題視できず、保全の必要性を認めるにはいまだ不十分である。

第四  結論

よつて、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中本敏嗣)

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